tomei

2024/08/06 21:34

波光ring

波光とは波の煌めく色のこと。
その言葉を知るようになったのは、ひとりで海にでかけた日までさかのぼる。その日の空は冥色に染まっていて、空気は太陽の予熱でほんのり温かい。ひとしきり賑わっていたであろう駅前の建物たちは「Closed」の看板と共に静かに眠っている。

靴底にあたる不揃いなコンクリートに混じって、砂の粒の感触を感じるようになった。風の音に混じって、遠くの方から微かに波の音が聞こえてきた。

ざぁーざぁー

音をたよりに歩みを進めてゆく。

ざぁーちゃぽん

誰かが残した足跡たちを波が絶えず飲み込んでいる。私は防波堤に腰掛けた。「しばらくすれば、空と海の境界線も曖昧になって暗闇に包まれるだろう。」そう考えながら夜に身を委ねようとした。しかし、見上げた先のまんまると満ちた月と目が合ったことで、そういえばこの暗闇は約束されていなかったものだと気がついた。

目線を下に落としてゆくと、水面の月は割れた器のように粉々だった。
スパンコールを散りばめたみたいに、煌めく光の粒たち。時に身を寄せ合っては離れることを繰り返しながら、月に向かう道を作っていた。すくいあげても、手の中に残るのは塩の水なのだけれど、すくった手の中にも光が残り続けてくれたら……。そう強く願った。
スパンコールを散りばめたみたいに、波光ringはその時の記憶を辿りながら形づくった作品だ。マットな質感のSilver 925の素材とひと粒の月長石を寄り添わせた。
ンコールを散りば月長石の反射する光はほんのり青みがかって海のよう。たとえ朝に溶け込みなじんでゆくような夜の刹那の光であったとしても、忘れてしまわないように。そんな願いを込めながら、手元を照らし続ける小さな光の欠片に思いを馳せる。

波の煌めく色を閉じ込めたこの指輪を私は波光ringと呼ぶことにした。小さな光をみつけるには、夜の暗さはちょうどいいのかもしれない。そんなとある夜の話。